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【名作探訪】「夏祭浪花鑑」 高津宮(大阪)

はっぴ姿で、勇壮に賛同を駆け上がる若者たち。今も昔も、みなぎる熱気は変わらない(17日午後、大阪市中央区の高津宮で)だんじり囃子と男の美学
 蝉(せみ)時雨がやんだ。参道のクスノキが雨にぬれ始めたが、暑さが和らぐ気配はない。ビルや高層マンションが林立する大阪の都心、上町台地の一角に、高津宮(こうづぐう)はある。

 夏祭り宵宮の17日夕。「ちょうさや、ようさや」の掛け声も勇ましく、みこしを担いだ男衆が急傾斜の石段を一気に駆け上がった。鉦(かね)と太鼓のだんじり囃子(ばやし)が重なっていっそう熱気は高まり、祭りは最高潮に。

 「昔は必ずいさかいが起き、血が流れたので、けんかみこしと呼んだそうです。血気盛んな若者たちの発散の場だったんでしょう」。宮司の小谷真功(まさよし)さん(50)が、そう教えてくれた。



 人形浄瑠璃「夏祭浪花鑑(なにわかがみ)」は、高津宮の夏祭りを背景に侠客(きょうかく)・団七による舅(しゅうと)殺しを描いた上方狂言。

 「大阪の、蒸し暑い夏がむんむん漂う芝居。なにわの男はだんじり囃子を聞けば血が騒ぐ」と文楽人形遣いの桐竹勘十郎さん(56)。人間国宝だった父・二世勘十郎の当たり役・団七を継いで22年になる。国立文楽劇場で上演した年は人形を携えて祭りに参加し、みこしの先陣を務めた。

 全九段のうち見せ場は七段目「長町裏(ながまちうら)」。祭りの夜、義侠心(ぎきょうしん)にかられた団七は、私欲のために恩人を裏切った舅・義平次をあやめる。泥や水、血が飛び散り、混じり合う凄絶(せいぜつ)な死闘のシーンが太夫の語りなしに5分以上も続く。明るく響く、だんじり囃子との対比が鮮やかだ。

 「手足を余らさんように遣うねん」。団七を遣う度、勘十郎さんは父の言葉を思い起こすという。全身に彫り物、深紅の下帯。文楽人形では珍しく着物を脱がせて遣う団七は、綿入りの布で作った手足が異様に長く見え、美しい見得(みえ)を切るには相当な技量がいるのだ。

 当初は刺青(しせい)はなかったが、色彩美を追求した歌舞伎での演出を取り入れた。勘十郎さんは自ら絵筆を執り、日本画の顔料で彩色した人形を遣う。刀はずっしりした重量感を表現するため本身。父の形見の品だ。

 雪駄(せった)で顔を殴り、しつこく挑発する義平次。もみ合いになり、舅の耳を切ってしまった団七は、ついに「毒食わば皿」と凶行に走る。小谷さんは言う。「犯罪者であるけど、恩義と人情に厚く、自己犠牲をいとわない。そんな男の美学は、時代を超えて観客を魅了するようです」


 事件の現場である長町は、高津宮の南西約700メートル、今は一大電器店街となった日本橋付近だ。夜も煌々(せった)と明かりがともり、江戸の頃の、田園風景をしのばせる眺めは何もない。

 うだるような暑さの夜、日本橋から高津宮へと歩いた。血まみれの団七が逃げ惑ったのはこの辺りか。胸中には悔恨の情もあっただろう。コンコンチキチン、コンチキチン……。だんじり囃子が近づいてくる。にぎやかなのに、どこかもの悲しく響いた。

文・坂成美保

写真・長沖真未
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われ日本の伝統芸能を愛す。そのため記事をここに書きとめ候。参考にされるならば、またうれし。ともに伝統芸能にはまろうではないか。
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あれ、どこで読んだんだっけなと探すことが多いので、ここにたんたんと書き留めることにしました。最新あり、遅いのもあり。鷹揚のご見物を♪


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