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<幕の内外>煩悩まみれの僧侶 からかいの対象に設定

2009年8月8日


 芝居ではなぜか、からかいの対象になりやすい役があります。ズバリ僧侶と番頭です。

 僧侶は、そのイメージを裏切るかのように、煩悩におぼれていることがしばしばです。

 これは歌舞伎にかぎったことではなく、映画にもよく見られる手法。人間の本質を描くのに、極端な設定が有効なのでしょう。

 なかには「河内山」のように、痛快なアウトローもいるものの、大物も小物も揃(そろ)いも揃って、多くの場合お坊さんは「女性に迷って破戒寸前」か「ついつい犯罪に手を染めて堕落」するのがお約束。

 大物系では「鳴神」の鳴神。お姫さまの色仕掛けであっさり破戒。小物系の「法界坊」などは、初手から堕落しきっており、色と欲がらみで悪事を行いつつも、自分の掘った穴にはまって頓死するというお粗末さ。

 極めつきが「桜姫東文章」の清玄。若い時に稚児の少年と心中しそこないますが、それでもどうにか偉くなります。

 けれど少年の生まれ変わりである桜姫に出会ったのが運のツキ。またもや姫への想(おも)いに迷って、落ちぶれ果ててしまう。姫の片袖を、後生大事に抱えてさまよい、再会した姫に「一緒に死んでくれ」と泣きつく身もフタもなさ。当然拒絶され、お約束のように穴に落ちて頓死。それでもあきらめられずに、幽霊になって姫につきまとうという、前代未聞のしつこさですが、幽霊姿まで、どこか間抜けです。

 僧侶に煩悩、番頭に不忠義という、逆のイメージを重ねて、からかうのが江戸時代のセンス。唯一「二月堂」の高僧・良弁のみ、高潔で親思いですが、これは明治になってからの作品です。 (イラストレーター・辻和子)
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われ日本の伝統芸能を愛す。そのため記事をここに書きとめ候。参考にされるならば、またうれし。ともに伝統芸能にはまろうではないか。
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あれ、どこで読んだんだっけなと探すことが多いので、ここにたんたんと書き留めることにしました。最新あり、遅いのもあり。鷹揚のご見物を♪


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