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【オペラ劇場】新国立劇場「修禅寺物語」様式美に貫かれた濃密な人間模様

2009.6.26 20:30 産経

1【第1場】面作師、夜叉王の長女、かつらは、伊豆の山中に住むことが厭わしく、仕事に精が出ない(撮影:三枝近志) 新国立劇場(東京・初台)の2008/09シーズンを締めくくる清水脩(しみず・おさむ)「修禅寺物語」は、人間国宝の坂田藤十郎の名演技を写し、舞台上の人物の動きの一つ一つが一幅の絵画のように美しく、登場人物の内面が深く掘り下げられた舞台づくりで、満場の拍手をさそう。

 「修禅寺物語」は岡本綺堂が筆を執り、1911(明治44)年に初演された新歌舞伎の代表作。フランスに学んだ清水脩がオペラ化して1954(昭和29)年に初演し、團伊玖磨「夕鶴」とともに、日本オペラの傑作として知られている。

 今回、演出を担当した坂田藤十郎は、オペラ初演時に演出を手がけた武智鉄二から徹底的な指導を受け、現在の名優の礎を築いている。

 出演する歌手たちは、藤十郎の存在そのものが最高の手本であると感激するが、藤十郎は「歌舞伎で演じ、初演時を知るとはいうものの、まずは何より清水先生の音楽がすばらしい。そして歌手の皆さんは役どころをよく心得、自然に演じていらっしゃいます」と相好をくずす。揺るぎない信頼関係が熱を帯びたステージをつくり、会場の聴衆の強い共感が、会場のボルテージをさらに高めていく。

 至高の芸術を求める面作師(おもてつくりし)、夜叉王(やしゃおう)は、京から伊豆の山中に移り住んでいた。夜叉王には、かつら、かえで、2人の娘があり、長女は田舎暮らしを嫌い、二女は職人の家に生まれたことを矜持(きょうじ)としている。

 日本一の誉れ高い夜叉王は、鎌倉幕府第2代将軍、頼家から面を制作するよう命を受けるが、どう作り直しても死相がでると満足がいかない。業(ごう)を煮やした頼家は、夜叉王の家を訪れ、不出来なままの面に満足し、かつらを妻に求める。

 修禅寺までの道行きで、かつらは若狭の局(つぼね)の名を得るが、頼家は北条氏の夜討ちに遭い、命を落とす。かつらは頼家の身代わりとなろうと、父が作った面をつけて戦うが、深い傷を受け、夜叉王の家に戻ってくる。

 頼家の悲報を知った夜叉王は、面の不出来は頼家の悲運を正しく映したものだと自信を取り戻す。芸術至上主義の理念に燃える夜叉王は、得がたい手本と、断末魔にある娘の顔の写生を始める。
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われ日本の伝統芸能を愛す。そのため記事をここに書きとめ候。参考にされるならば、またうれし。ともに伝統芸能にはまろうではないか。
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あれ、どこで読んだんだっけなと探すことが多いので、ここにたんたんと書き留めることにしました。最新あり、遅いのもあり。鷹揚のご見物を♪


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