寄席の掛け声「ブーム」にちょっと待った

寄席の掛け声「ブーム」にちょっと待った
2008年10月2日

にぎわう寄席。場を引き締める掛け声も、過剰だと効果が薄い
 「待ってました」「たっぷり」。昨今の寄席や落語会で、高座へ上がった落語家に向けて、やたらめったら掛け声が増えたような。客が楽しんでいる証拠か、掛ける御仁の自己PRか。何だか気になるその声に、あえて掛けます「ちょっと待った」。(井上秀樹)

 独演会や真打ち・襲名などの披露興行なら、掛け声は付きものだ。客のほとんどは落語家個人のファンだから、主役の登場をみんなが待っているのは当然。「待ってました」のほか、大ネタを演じ終えたら「大成功」「日本一」「大当たり」と掛かる。

 戦後の落語黄金期と呼ばれる50年代、八代目桂文楽には住まいのある「黒門町(くろもんちょう)」、三代目春風亭柳好には得意ネタの「野ざらし」と声が掛かった、とはよく聞く話。それが、落語ブームの影も形もなかった10年前には、古今亭志ん朝や立川談志といった第一人者の高座でさえ、掛け声はほとんど耳にしなかった。

 いまでは、ベテランやちょっとした人気者なら確実に声が掛かる。日によっては寄席で5、6人の落語家が掛け声で迎えられる。二つ目の勉強会ですら「待ってました」と掛かるようになった。

 掛け声は、実力や人気のある芸人にラブコールを送りたいファン心理なのだろう。寄席には落語、漫才、奇術、講談など一日に20人以上が高座に上がり、客の好みも様々。その中であえて発する掛け声は、多くの客の期待を代弁する声だったのでは、という気になる。

 落語が掛け声なら、歌舞伎にも同じように役者に屋号などを叫ぶ「大向こう」がいる。

 歌舞伎座ほかで50年ほど大向こうをしている今井喜久男さんによると、昔は若手役者の名を呼ぼうものなら「声を掛ければいいというもんじゃない」と、大向こうの大先輩にたしなめられたという。

 場の雰囲気を引き締める声はいいが、場面を考えるべきで、掛けすぎは相手にも他の客にも喜ばれない、と今井さん。「歌舞伎なら主役とその相方くらいでいい」

 一方、年に300回以上は落語会や寄席に通うコラムニストの堀井憲一郎さんは「拍手の間とか、落語の邪魔をしない掛け声ならいいのでは」と理解を示す。まだ無名の落語家に声が掛かるのも、「自分が好きな人を知らしめたい、というファンの掛け声はありだと思う」。

 また、落語好きは変わり者が多く、掛け声で他人と差別化したがるのでは、とも言う。確かに、落語ブームで客が増えた反動で、「私は落語を昔から知ってるぞ」と主張したがる人が出てきたのかも。そこで堀井さんは「『おれがおれが』ではなく、客を和ませる掛け声を格好良くやって」と注文する。

 当の落語家はというと、案外うれしそうな顔をしない。柳家さん喬が「たっぷりなんて、無責任ですよ」と軽くとがめ、春風亭小柳枝が「こないだ、待ってましたと声を掛けた人が、すぐ出ていっちゃった」とかわしていたのを、寄席で聴いたことがある。

 落語界には「褒められたら気をつけろ」という格言がある。人間、持ち上げられて悪い気はしない。でも、実力以上に評価されると勘違いし、腕が鈍る。慢心への戒めだ。

 その意味で、掛け声は「両刃の剣」だろう。客席が付和雷同しやすくなり、受けが良くなるほか、その芸人が歌ったり食べるしぐさをしたりするだけで拍手が起きてしまう。

 もっとも、拍手を強要する落語家や色物芸人が増えているのも事実。掛け声や拍手が「決まり事」になっては、芸の質が落ちるのではないか。

 古典芸能研究会編『新版現代落語事典』では、演技途中の拍手(中喝采〈なかがっさい〉)を「放送効果のために無理に叩かせたのが悪い例を作った。一席終わったあとの大きい拍手こそ演者に対する礼儀とはいえないだろうか」としている。

 人気真打ちの柳家喬太郎に聞くと、掛け声は「ありがたいけど、その日の落語には関係ないですね。それに左右されたら、やりたいことができなくなる」と返された。ただ、「お客さんはこうすべきだ、というものはないんですが、掛け声は間のいいところでかけてもらい、自分の存在を誇示するような高笑いはやめてもらいたい」とも。

 その昔は、陰でこっそり苦言を述べたり褒めたりする客が、落語家を育てたという。そんな見巧者も、派手な掛け声に隠れながら、客席には息づいていると信じたい。

朝日新聞

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